saito takashi
斉藤 貴 (さいとうたかし) 演出



カスタネットの月に寄せて

川野誠一という役者と出会ったのはいつであったか、とんと忘れてしまいましたが非常に折り目正しい人だなと思ったのは今でもハッキリと覚えています。まるでクリーニング屋から仕上がってくるYシャツのように寸分のズレもなく、人に対して礼儀正しく律儀で義理堅い。おまけに謙虚で常に低姿勢だから人を不快にさせることがまずないんです。

そういった人間性が芝居にも滲み出てくるので、それが川野誠一という役者のカラーになり、配役としてもそういった役を割り当てられることが多いように思われます。しかしながら、その使われ方には何だか違和感を覚えていました。
 
果たしていつの頃からだろうか? こんな聖人君子な川野誠一という役者を“ぶっこわしてみたい”という欲望を持ち始めました。これだけのきっちりした折り目をクシャクシャにしてみたらどんなに面白いだろう、それこそ、僕らの想像をはるかに飛び越えた化け方をするんじゃないだろうか。
 
み群杏子さんの作品はクリーニング仕立てのYシャツな川野氏に対して、天女の羽衣のような、折り目とは無縁の何となく捉えどころのない、それでいてイメージの中にくるまれたメッセージが、直接、観る人の右脳に飛び込んで来るような世界観があるなあと感じています。そしてこれは川野氏の折り目を乱す、とてもよい組み合わせなんじゃないかとも。
 
今回はストレートプレイスタイルではなく「ドラマリーディングスタイル」という作品へのアプローチですが、その中でも天女の羽衣をまとった川野誠一の乱れた姿がチラリと垣間見せることが出来ればと、密かにたくらんでいます。


横浜国立大学教育学部卒後、劇団NLT附属俳優養成所に入所。同所を卒業後、矢崎滋の東京芝居倶楽部、フリーを経て2002年、劇団キンダースペースに入団。現在は同劇団の演出部に所属。作、演出活動の他、高校や公立文化施設及び自劇団での演劇ワークショップにファシリテーターとして数多く携わる。2013年3月、劇団キンダースペース退団。芸術表現活動とワークショップ事業を目的とした団体、Workshop works GRAVITONを立ち上げる。ドラマ教育においては、イギリスのミドルセックス大学教授ケネス・テイラー氏に師事。青山学院大学ワークショップデザイナー育成プログラム修了(第7期)。